チャン・ヤン(張揚)監督の新作『胡同のひまわり』が話題を呼んでいる。『スパイシー・ラブスープ』で鮮烈なデビューを果たし、『こころの湯』では国内外で大きな注目を浴びた、新しい世代の監督である。その後は映画のみならず、中国の大手航空会社「南方航空」のテレビ・コマーシャルを手掛けるなど、幅広い活躍をしている。
新作『胡同のひまわり』のタイトルにある「胡同(フートン)」とは、北京の古い町に必ずある、小さな狭い路地のことを指す。胡同があるような町の多くの住宅は、「四合院」という形式のものが多い。「四合院」は、中央の中庭を囲むような形でいくつかの小さな家が並んでいる家のことだ。現在ではいわばアパート的な集合住宅となっている場合が多いが、北京の什刹海あたりではおしゃれなレストランやバーになっているものもある。「胡同」や「四合院」はこれまで何度となく映画の舞台として登場してきた。“トリビア”的な作品では、チャン・イーモウ(張芸謀)が北京電影学院在学中に、ティエン・チョワンチョワン(田壮壮)らと一緒に制作した作品がある。『小院』というタイトルで、四合院に住む芸術家たちを巡る恋愛ドラマ仕立ての映画だった。 『胡同のひまわり』の公式サイトや新聞広告では、「胡同」や「四合院」が、2008年の北京オリンピックへ向けた再開発のために取り壊されていることが書かれている。チャン・ヤンはすでに『こころの湯』でも、やはり消え行く古き北京の姿を記録している。この作品では、物語の舞台であった銭湯「清水池」がラスト・シーンで取り壊されてしまう(『こころの湯』のプレス向け試写会では、当時再開発のため取り壊される予定の北京の銭湯マップが配布された)。当時の再開発は、中華人民共和国建国五十周年記念のための整備だった。この頃は本当にものすごい勢いで北京の町並みが変化した。先週あった道が今日行ったら無くなっていた、ということはしょっちゅうだった。 消え行く古き町並みを記録しようとしたのは、チャン・ヤンだけではない。例えば、物語は天津ではあるけれど、チャン・ユアンの『ただいま』でも、再開発のため戻るべき家を失い、さまよう女主人公の姿がドキュメンタリー・タッチで描かれる。また、現代中国を代表するアーティストであるチャン・ダーリー(張大力)は、再開発のため取り壊された廃墟にゲリラ的に出没し、スプレーでかたっぱしから人の横顔の“落書き”を描いた(東京のBase Galleryで2002年7〜8月に行われた張大力展の概要紹介を参照)。それぞれの作家たちの想いは異なるものの、あまりにも急速に消えていく古い町並みは、北京に暮らす彼らに強烈な“何か”を感じさせたのだった。 6月14日(水)の『朝日新聞』国際欄に、加藤千洋氏によるチャン・ヤンの紹介記事が掲載された。その中で、わたしが初めて知ったことがある。彼が小さい頃住んでいたのは「四合院」だったのだ。わたしは北京のある外資系スーパーマーケットで彼が買い物をしていたのを頻繁に見ていたので、新進気鋭の監督はやはり高級住宅街のマンションに住んでいるのだな、という印象が強かった。だから、『こころの湯』や『胡同のひまわり』で彼がなぜ古い町並みの記録ということに執拗にこだわったのか、やっと納得することができたのだった。 *関西では、OS名画座(7月15日〜)、京都シネマ・シネカノン神戸(7月22日〜)から上映されます。 (緑燕子)
by eizoubunka
| 2006-06-29 19:48
| コラム
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