文学研究科 映像文化専修の新設について
 関西大学大学院 文学研究科 総合人文学専攻に、2009年4月から映像文化専修が設置されることになりました。概要は以下の通りです。

総合人文学専攻 映像文化専修
 近年急速に需要を高めている映像文化に関連する研究を行う映像文化専修は、映画を中心とする映像文化について地域横断的かつ学際的なアプローチによって、映像を批判的に読み解く力を養うことを目的に構想されています。具体的には、映像美学方面のより専門的な知識を修得するとともに、映像文化がもつ地域的特性や歴史的展開について理解を深め、幅の広い柔軟な思考による映像分析を可能とする人材を育成します。

映像文化研究 担当教員
准教授 博(言語文化学)阪大 菅原慶乃(中国語圏映画史)
准教授            堀 潤之(フランス映画研究)

 最初の学内進学試験がさっそく5月11日(日)に催されます(出願期間は4月21日〜25日)。入試日程について詳しくは、こちらのPDFファイルをご覧下さい。
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# by eizoubunka | 2008-04-13 11:04 | 専修からのお知らせ
2007年度プレ・ステューデント・プログラムについて(報告)
 映像文化専修のプレ・ステューデント・プログラム(2008年度入学生向け)が終了しました。

 第1回目のスクーリングでは、スタッフと参加者の自己紹介の後、映像文化専修の説明が行われました。また、2年次生の先輩2名とのQ&Aコーナーも開催されました。

 第2回目のスクーリングでは、後の発表で必要な技術について、笹川先生が講じてくださいました。

 第3回・第4回では、受講生のみなさんに「わたしの好きな映画」というテーマでプレゼンテーションを行ってもらいました。
 みなさんが取り上げた作品は次の通りです。

【第3回目】
リチャード・リンクレイター『恋人までの距離(ディスタンス)』(1995)
山下敦弘『天然コケッコー』(2007)
相米慎司『夏の庭 The Friends』(1994)
マイケル・ベイ『トランスフォーマー』(2007)
デヴィッド・コープ『シークレットウィンドウ』(2004)

【第4回目】
ウォルター・サレス『モーターサイクルダイアリーズ』(2003)
犬童一心『メゾン・ド・ヒメコ』(2005)
前田哲『陽気なギャングが地球を回す』(2006)
ロブ・コーエン『ドラゴン・ハート』(1996)
ラース・フォン・トリアー『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(2000)
宮崎駿『天空の城ラピュタ』(1986)

 発表者のみなさんには、映画の断片映像を使いながら、なぜその映画が好きなのか、という点を中心に10分程度の発表をしていただきました。

 物語の展開や登場人物たちの台詞や雰囲気、時代や地域が持つ独特の感覚に興味を持った方々もいれば、CGや音響効果、カメラワーク等の技術面に注目した方もいらっしゃいました。いずれも、それぞれの作品の特徴を的確にとらえ、自分の言葉で丁寧に、しっかりとまとめてくださったと思います。また、取り上げられた映画のジャンルも多岐にわたりました。これまであまり見たことが無かったジャンルに、このスクーリングで出会えた、という方もいらっしゃいましたね。

 映像文化専修が提供する授業では、未知なる映画とまだまだ沢山出会うことになります。どうか、たくさんの映画に触れて眼を養ってくださいね。
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# by eizoubunka | 2008-03-18 09:22 | プレ・ステューデント
コリン・マッケイブ『ゴダール伝』書評
コリン・マッケイブ『ゴダール伝』(堀潤之訳、みすず書房、2007年)書評
Colin MacCabe, Godard: A Portrait of the Artist at Seventy, London: Bloomsbury, 2003.

大谷昌之


 「神々と半神たち」と題された章で始まる本書は、まさに現代の神話であると言える。その名のうちにGodを含む男の伝記なのだから、そう言って悪いことはなかろう。事実、『映画史』のラストにおけるコールリッジの詩(を引用したボルヘスの短篇)の引用(*1)とともに、ゴダールは映画の神に、それどころかヨーロッパ文化の神になったかのごとくである。

 だが、あらゆる神話がそうであるように、神話は神話であり、決して神そのものに代わることができない。幾頁を費やそうとも、本書はジャン=リュック・ゴダールその人を描ききることはないだろう。これはプラトンによる対話編がソクラテスその人を描ききれなかったとき以来エクリチュールに課された運命なのである。

 そうであるならば、ゴダールその人になることなど端から諦めてはどうか? 著者コリン・マッケイブは、ゴダールその人ではなく、ゴダール《と》歴史を書くことに専念している。気をつけていただきたいのは、それがゴダール《の》歴史ではないことだ。ゴダールという名の下に一直線上につづく「ただひとつの歴史」ではなく、その名の下に引き寄せられる「複数の歴史」。それは、『映画史』のテーマでもあったものである。

 本書を繙く者は、その内容の豊かさに驚くであろう。

 第1章では、ヨーロッパの伝統的大ブルジョアジーであるモノー家と、いささか素性の怪しいゴダール家という、後のジャン=リュックを産み出すふたつの血脈について書かれている。ここから明らかとなるのは、ゴダール《と》ヨーロッパの伝統とのアンビヴァレントな関係である。なぜ彼は裕福な家系に生まれながら、かくも執拗に盗みをはたらくのか? なぜバルザックを愛読しながら、映画などという不埒な芸術に手を染めるのか? 私たちは、ゴダールという男がその出自からして異質なもの同士の接続によってあることを知るだろう。

 第2章、第3章では、いよいよゴダールと映画との関係が語られる。そこで重要なキーワードとして挙がるのが、ラングロワ、バザン、『カイエ・デュ・シネマ』、トリュフォー、ヌーヴェル・ヴァーグ……といったおなじみのものだ。しかし、本書の興味深い点は、ゴダールと直接関係のない初期映画から話を始めていることだろう。そこからラングロワ、バザンへとつながり、ゴダールへとつながっていく。ただし、それがまたしても一直線の歴史として書かれているのではないことに留意すべきである。事実、本書の記述はしばしばゴダール本人の伝記的記述から脱線する。著者は有名なジョイス研究者でもあるせいか、しばしば語り口がペダンティックになりがちである。しかし、それが何だというのだろう? ゴダールという名がそのような脱線を惹起するのだとすれば、その魅惑に抗する必要はあるまい。

 著者の本領は、ゴダール《と》68年を扱った第4章で発揮されるだろう。68年は世界中の知識人にとってひとつのメルクマールでありつづけている。その中心がパリであったことは言うまでもない。5月に始まった学生たちのデモは、フランスのみならず世界中を巻き込んだ大きな政治的変革の動きとなり、やがて「5月革命」と呼ばれることになる。ゴダールを含むヌーヴェル・ヴァーグの監督たちもこのデモに参加し、カンヌ映画祭を中止に追い込んだ。一方、フーコーの『言葉と物』、ドゥルーズ=ガタリの『アンチ・オイディプス』が出版されたのもこの年であり、68年は知的にも豊穣な年であったと言えるだろう。この時期にゴダールは商業映画を放棄し、ゴランらとともに「ジガ・ヴェルトフ集団」を結成する。

 しかし、68年は政治的にも知的にも失敗に終わる。たしかに5月革命の学生たちは後のミッテラン政権を準備することになったが、実際にド・ゴール政権を倒すには至らず、運動は急速に衰えていった。ジガ・ヴェルトフ集団は『東風』などの傑作を残したが、この共同作業もまた結果的に失敗に終わったと言えるだろう。第4章はゴダールとゴランの決別によって締めくくられる。

 第5章ではジガ・ヴェルトフ集団の解散以後、アンヌ=マリ・ミエヴィルとの出会いから今日に至るまでが描かれる。残念ながら、本章の記述は他章に較べていささか魅力に欠ける。彼の人生において最も多産で豊穣なこの時期を描くには紙幅が足りなかったということもあるのだろう、記述には単調な感がある。だが、最も輝かしいと同時に最も難解でもあるこの時期の作品群をどう位置づけるのかは、むしろこれから考えられるべきことなのだろう。

 こうして本書を眺めてみると、ゴダールという男があまりにも複数的であることがわかる。そのため、本書の内容はしばしばゴダールの伝記であることを超えてしまうだろう。だが、ゴダール以上であることこそがゴダールの本質ではなかったか。異質なものとの接続、《と》、これらを考え合わせてみれば、ゴダールがかくも「モンタージュ」にこだわる理由が見えてくる。彼は知っているのだ、ひとつの歴史などという観念が虚妄であることを。だから、複数の歴史こそが描かれなくてはならない。そして、それは映画によってのみ可能なのである。本書はこの複数性をしっかりと捉えている。著者による綿密な調査と、深い教養とによってしかなせぬ仕事であろう。必読の書である。

(*1)「もしある男が、もしある男が、夢の中で楽園を横切り、通り抜けた証として、一輪の花を受け取り、目覚めたとき、手の中にその花があるのに気づいたとしたら、何と言ったらよいのか。私はその男だった」。この言葉は本書第5章の最後(319頁)にも引用されている。上記の引用も本書からとった。

【評者紹介】
大谷昌之。1984年生まれ。現在、関西大学文学部総合人文学科フランス語フラン
ス文学専修四回生。
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# by eizoubunka | 2007-10-16 14:10 | コラム
専修スタッフによる出版物のお知らせ
 最近、映像文化専修の教員が関わった書籍が2点出版されました。

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 堀 潤之氏が翻訳されたコリン・マッケイブ『ゴダール伝』(みすず書房、2007年)は、ヌーヴェル・ヴァーグの代表的な存在として知られるジャン=リュック・ゴダールの全キャリアを振り返った大著です。


f0063881_18262641.jpg 笹川慶子氏が共訳者として参加されたボードウェル+トンプソン『フィルム・アート−映画芸術入門−』(名古屋大学出版会、2007年)は、アメリカで最も定評のある教科書とも言われている大著の待望の翻訳で、映画芸術の基本がこの一冊に凝縮されています。『映画の教科書』(フィルムアート社)と並ぶ基本文献と言えるでしょう。
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# by eizoubunka | 2007-09-30 18:34 | 専修からのお知らせ
「日本学」ABC特別講義について
 今更ですが、昨年度の総合講座「日本学」1(秋学期)では、ABCリブラの吉田太郎氏、および朝日放送の東浦陸夫氏と吉田健司氏による特別講義を行いました。(今年の「日本学」で同様の講義を行うかどうかは、調整中です。【追記】2007年度も、昨年度と同じ先生方による講義――ただし、内容は異なります――が行われました。)

第1回(2006年11月15日)
 ABCリブラの吉田太郎氏は、テレビ局のアーカイヴス事業の成り立ちから、現場での具体的な仕事の手順まで、豊富な具体例を交えて分かりやすく解説してくださいました。こうした一見地味な事業は、たとえば貴重なアーカイヴス映像を十全に活用して作られた映像作品『泣き笑い上方演芸50年』(大阪府立上方演芸資料館のホールで長期間上映)や、テレビ番組『米朝・小浜の上方演芸繁昌記』などにも結実しています。アーカイヴス事業の重要さと、その活用の仕方について、示唆に富む講義でした。

学生コメント
 昔の映像を流したり、再放送するということは、話を聞くまで簡単な作業だと思っていたけれど、その昔のテープの内容をデータベース化するという作業自体がとても手間がかかり、なおかつ、肖像権や知的財産権の問題もあって、とても容易なものではないということに驚いた。映像資料を保存するということで、図書館の仕事と似ていると思った。良い映像資料の素材がそろっていてもそれを再び流すには企画編集のテクニックが問われるということで、とてもアイデアや豊かな感性を必要とする大変な仕事だということを知った。これからテレビの映像でも昔のものを見るときに、見方がかわりそうだと思った。(2回生 Yさん)


第2回(2006年11月22日)
 朝日放送の東浦陸夫氏は、主にドラマのプロデューサーとしての豊富な体験を織り交ぜながら、番組の総責任者であるプロデューサーの仕事内容がどんなものなのかを語って下さいました。テレビドラマの予算編成から、スタッフ・キャストの選定、演出上の様々な工夫や、エンド・クレジットの順番、さらにはTV、映画、舞台の違いに至るまで、実体験に裏打ちされた講義は非常に魅力的なものだったと思います。

学生コメント
 私は今まで、プロデューサーやら、ディレクターやら、言葉を知っているだけで、実際どのようなことをするのか、違いは何なのかは、全く知らなかった。今回、話を聴いて、プロデューサーは、大金を預かり、番組の責任をとる、大変な役だということがわかった。プロデューサーの仕事で興味を持ったのが、番組の最後の出演者リストの順番を決めである。あの順番にも意味があったのだなあと驚いた。
 あと、『午前0時の郵便ポスト』ですが、とても良かったと思う。最後にびっくりが入っていた所が観ている人の心を掴んでいると思う。私は、ドラマは視聴率をとらなければやっていけない世界で、大衆向けの作品を作っていると思っていた。しかし、誰かのために作る、あるいは誰かに伝えたいという気持ちで作る、ということを聴いて、とてもすばらしいことだと関心した。これからも、誰かのために作る作品を作ってほしいと思う。(1回生 Tさん)
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第3回(2006年11月29日)
 報道番組のプロデューサーとして長い経験を持つ吉田健司氏は、ニュース番組と違って、ドキュメンタリー番組には「制作者の意図」が入り込むということから始めて、テレビは「事実」だけを伝えているのだろうか?という大きな問題提起をなさいました。ドキュメンタリー番組に、どの程度の「演出」が許されるのか、またその「演出」が「ウソ」に変わってしまう瞬間はどこにあるのかをめぐって、さながら謎解きミステリーのような、スリリングな講義を展開してくださいました。

学生コメント
 私は今日の講義を聴かなければ、ずっとドキュメンタリーを「真実」と思い込みながら見ていたと思います。この講義で気付かされたことは、私の中でかなり大きいモノです。私はドキュメンタリーがけっこう好きで、素直に感動してしまいます。あんなに素直に感動できるのは、ウソがまじっているからだと考えると、納得してしまう。ドキュメンタリーと“ウソ”のつながりに、私は正直ショックを受けている。(2回生 Iさん)

 以上のように、全3回にわたって、非常に密度の濃く、またテレビを考えるにあたってバランスの取れた講義をしてくださった講師の皆様、および全体をコーディネートしてくださったABCリブラの吉田太郎氏に、厚く御礼申し上げます。
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# by eizoubunka | 2007-06-09 15:33 | 専修からのお知らせ
「映像文化専修パンフレット 2007」について
 「学びの扉」や「知へのパスポート」等で、映像文化専修に興味のある新入生の皆さんにお配りしている「映像文化専修パンフレット 2007」を、映像文化専修の合同研究室前にも置いてあります。授業時にもらい損ねた方、あるいは授業を取っていなくても興味のある方は、どうぞご自由にお取りください。

 内容(目次)は以下の通りです。

1 映像文化専修の概要
1-1 専修紹介
  1-1-1 何を学べるのか?
  1-1-2 どのように学ぶのか?
  1-1-3 どんな能力を身につけるのか?
1-2 専修の3つの特色
1-3 カリキュラムの概要
1-4 2007年度開講科目一覧
1-5 よくある質問

2 スタッフ紹介
笹川慶子
菅原慶乃
堀 潤之

3 映像文化を学ぶためのスタディ・スキル
3-1 どこで映画を見るか
  3-1-1 関大のテープライブラリー
  3-1-2 関西ミニシアター紹介
  3-1-3 レンタルビデオ・ショップなど
  3-1-4 教員の個人研究室
3-2 どのように映画作品のデータを調べるか
  3-2-1 データブック(主要なもの)
  3-2-2 オンライン・データベース(主要なもの)
3-3 どのようにメモを取るか

4 映像文化研究への誘い
アメリカの映画学科と映画小僧(笹川慶子)
映画について考えるためのいくつかの視点
    ―中国映画を中心として(菅原慶乃)
映画館と映画的記憶(堀 潤之)

 映像文化専修の合同研究室は、法文研究棟2号館の3階にあります。無事にたどり着けることを祈っています。
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# by eizoubunka | 2007-05-23 11:27 | 専修からのお知らせ
第2回プレ・ステューデント・プログラムについて(報告)
 2月24日(土)に第2回のプレ・ステューデント・プログラムが終了しました。7名の参加者に、自分の好きな映画をプレゼンしてもらいました。

 参加した皆さんが選択した映画は、
  エドワード・ズウィック監督『ラスト・サムライ』(2003)
  ロバート・ルケティック監督『キューティ・ブロンド』(2001)
  クリス・コロンバス監督『レント』(2005)
  フランク・ダラボン監督『ショーシャンクの空に』(1994)
といった最近のハリウッド映画が多かったものの、
  ジャン=ピエール・ジュネ監督『アメリ』(2001)
  阪本順治監督『この世の外へ/クラブ進駐軍』(2003)
  三木聡監督『亀は意外と速く泳ぐ』(2005)
といったフランス映画や日本映画を選択した方もいました。

 いずれにしても、10分という短い発表時間でしたが、皆さんの発表はポイントを押さえたしっかりしたもので、上映する抜粋の選択もうまく選ばれていたと思います。人によって、物語の流れに注目したり、技法的な事柄に考察を加えたり、あるいは俳優の存在感の強さや魅力、重要な台詞やセンスの良い小物の使い方にまなざしを注ぐなど、多様なアプローチがなされていましたが、それはそのまま、映画を学習・研究するときの着眼点の多さを表しているように思います。

 今後も、ただなんとなく映画を見るのではなく、見た映画の魅力や工夫などについて語ることができるよう、大切に一本一本の作品を見ていってほしいと願っています。
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# by eizoubunka | 2007-03-08 13:27 | プレ・ステューデント
第2回プレ・ステューデント・プログラムについて
 第1回のスクーリングに参加した方はご存じの通り、来る2月24日(土)10:00〜行われる第2回のスクーリングでは、「自分の好きな映画を紹介する」という課題(発表)を行っていただきます。発表時間の目安は、1人につき約10分です。なお、第1回目に参加していなくても、飛び入りで参加していただいて構いません。

 ついては、次回までに、次のことを各自で準備してください。
(1)自分の好きな映画を1本選ぶ。
(2)その映画をみんなに紹介するプレゼンの原稿を作る。
   →〈プレゼンに必要な情報〉を参考にしてください。
(3)プレゼンに使う映画の1場面(3〜4分程度)を用意する。
   →ビデオの場合は、あらかじめ頭だししておくこと。
    (DVDの場合は、当該チャプターをメモしてくること)

〈プレゼンに必要な情報〉
(1)選んだ映画に関する情報
  ・タイトル
  ・製作年
  ・監督・俳優など主要なスタッフ・キャスト名
  ・あらすじ(短く、要点のみ簡潔に)

(2)好きな理由
・なぜその映画が好きなのか、どういう場面の、どんなところが好きなのか、その理由を述べる。
・注意1:プレゼンのときに、映像を見せながら、理由を話せるようにしましょう。
・注意2:説明する理由と選んだ場面が無関係にならないようにしましょう。


 何か疑問点があれば、ガイドブック記載のメールアドレスまでご連絡ください。では、当日、またお会いしましょう。
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# by eizoubunka | 2007-02-02 21:13 | プレ・ステューデント
第1回プレ・ステューデント・プログラムについて(報告)
 1月23日に行われた映像文化専修の第1回スクーリングには、7名が参加しました。今回のスクーリング担当は、笹川慶子先生と菅原慶乃先生でした。まずお互いに自己紹介をした後、笹川先生から映画について発表する方法の説明がなされました。第2回目のスクーリングでは各自に「わたしの好きな映画」というタイトルで報告してもらうことになります。受講生のみなさんには、笹川先生のお話をよく思い出しながら、発表の準備をしていただきたいと思います。
 後半は、短編映画『チャップリンの移民』を鑑賞した後、菅原先生が映画言語の特徴について解説しました。今回は時間の都合上、ショット・サイズとフレーミングのさわりだけが取り上げられましたが、映像文化専修の授業の一端が伺える内容でした。
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# by eizoubunka | 2007-01-29 17:07 | プレ・ステューデント
大阪ヨーロッパ映画祭2007年ボランティアスタッフ募集のお知らせ
大阪ヨーロッパ映画祭というイベントが毎秋、開催されていることは、ご存じの方も多いと思います。関連イベントも含めて、年々、充実したプログラムになってきています。昨年、第13回の映画祭が無事に終了し、現在、第14回映画祭に向けた準備が始まっており、ホームページにて、ボランティアスタッフおよびインターンを募集しています。

映画祭がどのように運営されているのかを知りたい方、将来的な職業として映画関連の業務に関心がある方、春休みで暇をもてあましている方など、ぜひ応募を検討してみてください。(J)
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# by eizoubunka | 2007-01-27 15:51 | 各教員からのお知らせ
ビル・ヴィオラ《はつゆめ》展について
 来る2007年1月23日(火)から、兵庫県立美術館にて、ヴィデオ・アートの第一人者とも言うべきビル・ヴィオラ(1951~)の展覧会が開催されます(会期は3月21日まで)。

 普通に暮らしているとなかなか見る機会のないヴィデオ・アートですが、ヴィオラの作品は悪い意味での気負った実験性が稀薄で、比較的とっつきやすく、印象深いものばかりです。

 今回の出品作品は、1990年代以降のものが多く、ヴィデオ・アートの黎明期である70年代に作られた彼の作品群の方を好むわたしとしては、物足りなさがないではありませんが、それでも《クロッシング》The Crossing (1996)や《ラフト/漂流》The Raft (2004)にみられる水や火の物質的なダイナミズムには驚愕させられます。「パッション」シリーズの「静謐な激情」とも言うべき矛盾した様態にも、単純な美しさがみなぎっています。

 ヴィオラが奨学生として日本に滞在したときに作られたヴィデオ作品《はつゆめ》(1981)が上映されるのも貴重な機会です。わたしも未見なので、これだけは見ておきたいと思っています。(J)
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# by eizoubunka | 2007-01-05 22:56 | 各教員からのお知らせ
総合講座「日本学1」特別講義のお知らせ
 12月20日(水)の5限(AV−B教室)に、総合講座「日本学1」で、佐藤英明氏による特別講義を行います。

 佐藤氏は、京都みなみ会館を中心に、映画の上映企画、宣伝、配給協力を精力的に展開しているRCSの代表として、ここ20年にわたって、京阪神におけるミニシアター系の映画上映環境の活性化に尽力してこられた方です。

 講義では、一本の映画作品がどのようなプロセスを経て観客のもとに届けられるのか、その際の創意工夫や困難はどこにあるのか等についてお話しいただく予定です。

 履修者以外の学生の来聴も歓迎いたします。映画の配給や宣伝の仕事に興味を持っている方はぜひご参加ください。
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# by eizoubunka | 2006-12-11 23:50 | 専修からのお知らせ
プレ・ステューデント・プログラムについて
 映像文化専修では、各種推薦入試の合格者を対象に、以下の日程で入学前教育(プレ・ステューデント・プログラム)のスクーリングを行います。

第1回 2007年1月13日(土) 13:00〜
  「映画リテラシーの基礎と発表の方法」

第2回 2007年2月24日(土) 10:00〜
  「わたしの好きな映画(受講者による発表)」

2回連続で受講することが望ましいですが、やむを得ない場合、どちらかにだけ参加することも可能です(第2回の発表は、基本的に、連続で受講する生徒を優先します)。

詳しくは、第1回のスクリーングの際にも説明しますが、映像文化専修ホームページの映画を学ぶためのスタディ・スキルに盛り込まれた内容が、発表時には役立つと思いますので、事前に目を通しておいてもよいでしょう。

その他、疑問点などがありましたら、プレ・ステューデント・プログラムの冊子に記してある映像文化専修の連絡先まで、メールなどでご連絡ください。
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# by eizoubunka | 2006-12-11 15:26 | プレ・ステューデント
阪本順治監督講演会の報告
 2006年10月18日(水)に、阪本順治監督をお招きして、文学部学術講演会「映画のスタッフワーク」(聞き手:大久保朝憲・堀潤之)を開催しました。

 前半には、阪本作品全般をめぐって、撮影地をどのように選ぶのか、肉体的・精神的欠損を抱えた登場人物が多いのはなぜなのか、どのようにして俳優の存在感の強さが生み出されるのか、撮影においてどのような点に気をつけているのか、などについて、非常に興味深いお話しを伺うことができました。

 後半は、一本の作品がどのようなプロセスを経て出来上がっていくのかということを軸に、どのように原案を発想するのか、キャスティングがどのように行われるのか、撮影現場で何を心がけているのか、撮影監督をはじめとするスタッフとの連携がどのようになされているのか、などについて伺いました。出来上がった作品を見ているだけでは分からないような、監督のさまざまな心配りや工夫がよく分かったのではないかと思います。

 また、講演会の最後には、いくつかの作品のメイキング映像を、阪本監督のコメント付きで見ることができました。最近のDVDにはよくメイキング映像が付いていますが、監督の解説とあわせて見ることで、撮影現場の空気がより生々しく伝わってきたように思います。

 フロアからも、スローモーションの使い方や、同じキャストを何度も使うことや、コンテンツ・ビジネスの今後の展開などについて、活発な質問が寄せられました。

 その後、関係者のみで懇親会を行ったのですが、助監督として仕事をなさっていた頃を含め、撮影現場のさまざまなエピソードや、近年、世界各国の映画祭に招待されたときの珍妙なエピソードなど、抱腹絶倒のひとときを過ごすことができました。

 なお、「日本学」の受講生には、感想・コメントを記入して頂きました。このブログでも近く、いくつかの感想を紹介したいと思います。コメントは阪本監督にお渡しする予定です。(J)

P.S.数日前の『朝日新聞』の記事「わたしと通天閣」で、阪本監督が通天閣について語っています。講演会の内容と関連する箇所もあるので、ぜひご一読ください。

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# by eizoubunka | 2006-10-29 13:20 | 各教員からのお知らせ
消え行く北京の町並みと映画:チャン・ヤン『胡同のひまわり』をめぐって
 チャン・ヤン(張揚)監督の新作『胡同のひまわり』が話題を呼んでいる。『スパイシー・ラブスープ』で鮮烈なデビューを果たし、『こころの湯』では国内外で大きな注目を浴びた、新しい世代の監督である。その後は映画のみならず、中国の大手航空会社「南方航空」のテレビ・コマーシャルを手掛けるなど、幅広い活躍をしている。

 新作『胡同のひまわり』のタイトルにある「胡同(フートン)」とは、北京の古い町に必ずある、小さな狭い路地のことを指す。胡同があるような町の多くの住宅は、「四合院」という形式のものが多い。「四合院」は、中央の中庭を囲むような形でいくつかの小さな家が並んでいる家のことだ。現在ではいわばアパート的な集合住宅となっている場合が多いが、北京の什刹海あたりではおしゃれなレストランやバーになっているものもある。「胡同」や「四合院」はこれまで何度となく映画の舞台として登場してきた。“トリビア”的な作品では、チャン・イーモウ(張芸謀)が北京電影学院在学中に、ティエン・チョワンチョワン(田壮壮)らと一緒に制作した作品がある。『小院』というタイトルで、四合院に住む芸術家たちを巡る恋愛ドラマ仕立ての映画だった。

 『胡同のひまわり』の公式サイトや新聞広告では、「胡同」や「四合院」が、2008年の北京オリンピックへ向けた再開発のために取り壊されていることが書かれている。チャン・ヤンはすでに『こころの湯』でも、やはり消え行く古き北京の姿を記録している。この作品では、物語の舞台であった銭湯「清水池」がラスト・シーンで取り壊されてしまう(『こころの湯』のプレス向け試写会では、当時再開発のため取り壊される予定の北京の銭湯マップが配布された)。当時の再開発は、中華人民共和国建国五十周年記念のための整備だった。この頃は本当にものすごい勢いで北京の町並みが変化した。先週あった道が今日行ったら無くなっていた、ということはしょっちゅうだった。
 
 消え行く古き町並みを記録しようとしたのは、チャン・ヤンだけではない。例えば、物語は天津ではあるけれど、チャン・ユアンの『ただいま』でも、再開発のため戻るべき家を失い、さまよう女主人公の姿がドキュメンタリー・タッチで描かれる。また、現代中国を代表するアーティストであるチャン・ダーリー(張大力)は、再開発のため取り壊された廃墟にゲリラ的に出没し、スプレーでかたっぱしから人の横顔の“落書き”を描いた(東京のBase Galleryで2002年7〜8月に行われた張大力展の概要紹介を参照)。それぞれの作家たちの想いは異なるものの、あまりにも急速に消えていく古い町並みは、北京に暮らす彼らに強烈な“何か”を感じさせたのだった。

 6月14日(水)の『朝日新聞』国際欄に、加藤千洋氏によるチャン・ヤンの紹介記事が掲載された。その中で、わたしが初めて知ったことがある。彼が小さい頃住んでいたのは「四合院」だったのだ。わたしは北京のある外資系スーパーマーケットで彼が買い物をしていたのを頻繁に見ていたので、新進気鋭の監督はやはり高級住宅街のマンションに住んでいるのだな、という印象が強かった。だから、『こころの湯』や『胡同のひまわり』で彼がなぜ古い町並みの記録ということに執拗にこだわったのか、やっと納得することができたのだった。

*関西では、OS名画座(7月15日〜)、京都シネマシネカノン神戸(7月22日〜)から上映されます。

(緑燕子)
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# by eizoubunka | 2006-06-29 19:48 | コラム