5月26日、中国の著名な作家モォ・イェン(莫言)さんを招いての文学部学術講演会「故郷と文学」が開催された。モォ・イェンさんといえば、チャン・イーモウ(張芸謀)監督の『紅いコーリャン』(1987)の原作小説の著者として有名だ。モォ・イェンさんと映画とのかかわりは深く、チャン・イーモウ作品では『至福のとき』(2000)もモォ・イェンさんの『師傅越来越幽默』が原作だ。他にも、台湾でPV監督として有名な李幼喬が監督した『白綿花』(2001)や、『山の郵便配達』で日本でも有名になったフォ・ジェンチイ(霍建起)の『故郷の香り』(2003)の原作も、それぞれモォ・イェンさんの小説『白綿花』と『白い犬とブランコ』だ。
実はわたしは以前、モォ・イェンさんとお話をしたことがある。その時はなぜか北京のライブ・ハウスでお会いしたので、あまりじっくりとお話することができなかった。だから、今回の講演会は、彼の文学にかんするお話を伺う、願ってもないチャンスだった。 講演会を聞き逃してしまった人のために、ざっと内容を振り返っておこう。講演会タイトル通り、故郷の記憶や体験が文学に与える大きな影響について、ご自身の具体的な経験を中心にお話してくださった。モォ・イェンさんの故郷は山東省の高密県だが、故郷で過ごした子供時代の記憶や、故郷の方言や実在した人々が、彼の創作のインスピレーションとなり、また独特の文体や思想の骨格となったそうだ。また、少年時代に故郷に実在した印象深い人物たちが、彼の小説の登場人物のモデルになっているという。 また、川端康成のお話も興味深かった。講演会は、モォ・イェンさんが大阪の川端康成の生家や茨木市にある川端康成文学館を訪れたお話から始まった。モォ・イェンさんの作品でもしばしば「引用」されることがある川端康成の故郷を訪ね歩くことで、故郷が文学作品に与える強い影響を改めて認識されたそうだ。とても物静かで、しかしはっきりとした口調でお話されるモォ・イェンさんがとても印象深かった。 講演会の最後は、観衆から自由に質問を受け付ける時間が設けられた。何人かの学生さんが、とても上手な中国語で質問をした。わたしなどが質問しようとすれば、色々と回りくどく婉曲的な表現を使ってしまうのだが、学生さんの質問は大変ストレートで、思わず感心してしまった。「小説を書くとき一番難しい事と、一番楽しい事は何ですか?」「『紅いコーリャン』を見ましたが、はっきり言って理解できませんでした。いったい何を伝えたかったのですか?」という具合だ(わたしがこんな質問をしたら、きっと「教員失格」の烙印を押されてしまうことだろう!)。モォ・イェンさんもこうした直球の質問に微笑みながら答えてくださった。答えの内容を全て紹介するには紙面が尽きたが、『赤いコーリャン』に出てくる日本軍について一言紹介しておこう。『紅いコーリャン』は戦争という特殊な状況の下、弱い人間が力を持ったり、逆に強かった人間が弱くなったりすることを描いたものだった(「戦争とは人間に対するある種の“実験室”(中国語では“試験室”)なのです」という言葉が印象的だった)。だから、あの日本軍は「ドイツ軍でも他の国の軍隊でも何でもよかった」のだそうだ! モォ・イェンさんの暖かさと強さを感じ、大変豊かな気持ちになれた講演会だった。次にお会いした時はぜひ、小説を書く時どんな視覚的イメージが浮かぶのかを尋ねてみたいと思う。(緑燕子)
by eizoubunka
| 2006-05-27 11:58
| コラム
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