座談会「パリ映画生活」(その6)
6.映画三昧の日々

窪:久保君はこの半年近くですでに200本以上の映画を見たそうですが、特に印象に残っている作品は?

久保:やはり見た本数が一番多いので、若松孝二監督の作品が印象に残っていますね。1960年代後半の作品はあまり好きになれなかったのですが、1980年代以降の作品がすごく印象に残りました。内田裕也と宮沢りえがパリで探偵事務所をやっていて、ビートたけしが悪役で出演する『エロティックな関係』(1992)、原田芳雄、桃井かおり、若松映画常連の佐野史郎などが90年代の新宿の閉店するバーを舞台に彼らの60年代の闘争を振り返る『われに撃つ用意あり』(1990)、それぞれ父親が違う4人の姉妹が共同生活し複雑な関係とバブルの雰囲気を感じる『キスより簡単』(1989)が特に面白かったですね。



また、ラリー・クラークというアメリカの映画監督のレトロスペクティブが行なわれた際に見た『アナザー・デイ・イン・パラダイス』(1998)も印象に残っています。車のなかで旅をやめようと考えている際のボビーの顔と、ラスト麦畑のなかに逃げて行くシーンの撮り方の綺麗さと物語の内容があいまって泣いてしまいました。
他にも日本でもやっていますが行ったことのなかったLGBTの映画祭に行って見た作品も記憶に残っています。2つぐらいを除き、大体あまり面白くなかったのですが(笑)。

窪:パリでは監督によるトークや、観客を交えた討論といったイベントも日常的に行われているそうですね。

久保:それに関しては、Forum des imagesで、アレクサンドル・ソクーロフの『ユベール・ロベール/幸福な人生』(1996)という短編を見たことは印象深いですね。『エルミタージュ幻想』(2002)の習作のような作品で、たぶん日本未公開だと思います。ユベール・ロベールという18世紀後半のフランスの画家と、彼のいくつかの作品(サンクトペテルブルクにあるエルミタージュ美術館所蔵作品)を扱った魅力的な作品でした。日本の能の舞台もライトモチーフのように登場します。

堀:その上映にはわたしも行きましたが、確かに、ロベールの描く幽玄的な廃墟の美と、能の舞台、それからソクーロフの作風には相通じるところがありますね。エルミタージュ美術館を映すソクーロフのカメラが、いつの間にかロベールの絵の中に入り込んでいくという、映画と絵画の相互浸透のような瞬間が非常に心地よく、わたしもとても気に入りました。ロベールの作品は、ルーヴル美術館でも何点も見られますので、ぜひ本物を見て欲しいですね。

久保:ちなみにその上映ではソクーロフ監督と映画批評家・歴史家のアントワーヌ・ド・ベックとの対談もあり、話はフランス語だったためいまいちよくわからなかったのですが、ド・ベックからの生真面目な質問をのらりくらりとかわすソクーロフ監督の対応や、ソクーロフ監督の角刈りでサングラスをしてロシア語で話すという、ロシアン・マフィアのような感じがすごい印象に残りました(笑)。

窪:ロシアン・マフィア…! 来日したとすれば、まずチケットが取れるか分からないイベントですね。他に人気のある特集上映などは?

久保:現在ヒッチコックのレトロスペクティブがシネマテークで行なわれているのですが、その動員力のすごさには驚かされています。ヒッチコック特集はほかのレトロスペクティブに比べかなり人が多く、上映前のチケット売り場は非常に混雑しています。また、2月には『ブロンド少女は過激に美しく』に次ぐマノエル・デ・オリヴェイラ監督の新作『アンジェリカ』がシネマテークでプレミア上映され、監督自身も来場するそうなのでぜひ行きたいと思っています。しかし、席が取れるかどうかは抽選で決まるので、運次第ですが。その他にもシネマテークではデヴィッド・リンチのレトロスペクティブが行なわれた際にも監督が来場し、トークショーをしていました。

窪:デヴィッド・リンチといえば、昨年の8月から10月に大阪のコムデ・ギャルソンのギャラリー「six」で《Darkened Room》展が開かれました。自作の絵画がスクリーンを囲むという展示形態で短編映画が上映され、とりわけ静止画をコマ撮りの手法でつなげた『The Grandmother』(1970)という作品が面白かったです。私は平日に訪れましたが、夏休み中ということもあり若い人たちが半分以上を占めていたかと思います。

堀:シネマテークのリンチ特集にも、若者が大挙して押し寄せていた感じでしたね。

窪:ところで、つい最近『ゴダール・ソシアリスム』が日本でも劇場公開されました。直前にオスカーを辞退したという話題もあり、多くの文芸誌、ウェブサイトの記事、特集上映、TV企画などでジャン=リュック・ゴダール監督自体に注目が集まっています。パリでは昨年の5月に公開されましたが、どのような反応がありましたか?

堀:フランスでいささか残念なのは、ゴダールの作品そのものよりも、ゴダールという人物が、その行動や発言を含めて、つねに話題を集めてしまうことです。たとえば、『ゴダール・ソシアリスム』という作品よりも、ゴダールその人がカンヌ行きをドタキャンしたーー自分の身に「ギリシャ型の問題」が到来したという謎めいた理由とともにーーことがニュースになってしまう。その結果、誰もがゴダールを知っているのに、誰もゴダールを見ていないという状況が生じてしまう。もっとも、多少の自戒を込めて言えば、日本のように一部に熱狂的な信者がいるという状況もいびつではありますが…。『ゴダール・ソシアリスム』を真剣に見て、なにがしかのインパクト受けている人は、フランスでも一握りだと思います(この作品に関しては、表象文化論学会のニューズレターに書いたレビューや、拙ブログの一連の記事をご覧いただければ幸いです)。

窪:『ゴダール・ソシアリスム』は関西では2月12日から十三の第七藝術劇場で公開されますので、ぜひスクリーンで衝撃を体感していただきたいと思います。

堀:ところで、シネマテークで非常な人気で、連日、長蛇の列だった展覧会《ブリュネット/ブロンド》(Brune/Blonde)はご覧になりましたか? これは先ほども名前の挙がったアラン・ベルガラのキュレーションによるものですが。

久保:はい、展覧会が始まってすぐ、比較的空いてるときに見ました。土・日曜日はいつ行ってもチケット売り場の長蛇の列が外まで延びていて人気にびっくりしました。美術と映画の中の女性の髪、とくにブロンドとブルネットをテーマにした展覧会で、訪れた人はまず侯孝賢(ホウ・シャオシェン)の『ミレニアム・マンボ』(2001)に迎えられます。ヒッチコック、ゴダール、ブニュエルなどをはじめ映画の抜粋も無数にあり、映画だけでなく絵画やパフォーマンス(マリナ・アブラモヴィッチなど)もたくみに取り入れた分かりやすくて楽しい展覧会でした。最後の方の部屋では、アッバス・キアロスタミ、諏訪敦彦、イジルド・ル・ベスコなど6人の監督がこの展覧会のために作った短編を見ることもできました。

堀:まったく違ったアプローチがなされていていま久保君が挙げた3つの作品が特に面白かったですが、キアロスタミの『NO』には見事に一本取られたという感じがしました。

窪:展覧会が1月半ばで終わったので、ウェブ上で作品が見られるようになっていますね(キアロスタミ『NO』、諏訪敦彦『黒髪』、イジルド・ル・ベスコ『Bette Davis』ほか)。ところで、パリでは、近頃どのような日本映画が上映されていますか?

久保:現在フランスではスタジオ・ジブリの米林宏昌監督による『借りぐらしのアリエッティ』が公開されています。また12月には北野武監督の『アウトレイジ』も公開されていました。私はどちらも日本ですでに見ていたのでフランスでは見ていないのですが、フランスに来てから主に古い日本映画をたくさん見ています。先ほども言いましたが、シネマテークの若松孝二と足立正生のレトロスペクティブでは30本ほど見ましたし、パリ日本文化会館という施設で行われた美術監督の木村威夫特集にも足を運びました。

堀:若松特集はまさに通い詰めたという感じですね。パリで見た映画の7本に1本は若松じゃないですか(笑)。2月末にやるフィリップ・グランドリユーが足立正生にインタヴューしたヴィデオ作品は、ちょっとお手伝いしたという個人的な事情もあり、面白そうだなと思っています。グランドリユーは『Sombre』(1998)や『La Vie nouvelle』(2002)など、見る者の身体感覚にじかに訴えかけてくるような瞠目すべき作品を撮っている人で、最新作の『Un lac』(2008)は日本でも上映されるかもしれないと聞いています。ところで、シネマテークではその前に生誕100周年ということで黒澤明特集があり、パリ日本文化会館では昨年の11月末から12月にかけて、現在の映画に焦点を当てたKINOTAYOという映画祭もありました。後者の映画祭では、昨年、関大でも講演していただいた船橋淳監督の『谷中暮色』も上映されました。

久保:日本に帰ってからでもある程度見られるかと思い、結局KINOTAYOには一度も行かなかったのですが、なかなか面白いプログラムでしたね。

窪:去年の7月のパリ・シネマという映画祭でも、日本特集がありましたね( このサイトを参照)。上映作品リストを見ると、「作家」としてすでに名を成している監督の作品だけでなく、若手監督やより目に付きにくい作品もきちんとフォローしていて勉強になります。

堀:パリではありませんが、毎年4月にはフランクフルトでNippon Connectionという大規模な映画祭も開かれています。こうして見渡してみると、ヨーロッパでも相当数の日本映画を見られるわけですが、ほとんどが映画祭などの特殊上映という機会で、普通に映画館で上映される日本映画はむしろ減っているような気がします。むしろ、中国のジャ・ジャンクーやワン・ビンとか、フィリピンのブリランテ・メンドーサとか、タイのアピチャッポン・ウィーラセタクンの方が注目を浴びているのではないでしょうか。もちろん、これは日本映画がすでに確固たる地位を占めていることの裏返しかもしれませんが。

おわりに

窪:ここまで留学に至るまでの経緯、パリでの日常生活、大学での研究と教育、映画を見る環境をめぐって話を伺いました。おかげさまで、映画を中心としたパリでの文化体験を、具体的にイメージすることができました。最後に、総括の言葉をお願いします。

久保:フランスの日常生活や文化・芸術が受容されている様子、たくさんの映画館やそこで見るさまざまな国の映画や、実際に見に来る人々の様子などを長期間生活しながら体験できるのはやはり貴重だなと思います。また大学での授業の数や教授陣や図書館も充実しているので映画を勉強するにはいい環境だなと思います。確かにフランス語がある程度できないと授業もわからないし、フランス語の映画、字幕すら読めないわけですが…。そこまで深く考えなくてもとりあえず映画が文化としてしっかり根付いていることを肌で感じられるので、ぜひフランスに来たり、留学したりしてほしいですね。

堀:留学は準備も大変だし、語学の面でも、経済的にも、特に学部生にとってはなかなかハードルは高いと思います。わたし自身、学部生だった頃は、パリで1ヶ月間ホームステイをしたことがあるだけでしたが、それでも得るものはたくさんありました。もちろん、単に物見遊山的に海外を経巡ればよいというわけでは決してありませんが、フランスに限らず、興味を持った土地にはぜひじかに肌で触れてみるという体験をしてほしいですね。

窪:本日はお忙しいなか、どうもありがとうございました。


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by eizoubunka | 2011-02-09 06:06
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