座談会「パリ映画生活」(その5)
5.映画を見る環境

窪:では次に、映画を見る環境についてお話を伺いたいと思います。日本の場合、大阪と東京を比較しても、映画館の多さ、特集上映の頻度などに差があります。パリの映画環境はどのような感じでしょうか?

久保:映画館で映画を見る都市としてパリはやはり素晴らしいと思います。パリ20区内には約80の映画館がひしめいていて、シネコンもあれば、単館の映画館もあります。加えてシネマテーク・フランセーズやForum des imagesなどもあるので本当に映画館で映画を見る環境が整っています。上映する映画も多種多様で、日本よりも様々な国の映画を見れると思います。作品の種類としてはドキュメンタリー作品やコメディー作品が日本より断然多いように感じます。



堀:日本ではいわゆるミニシアターの経営が風前の灯火であるという話が最近よく聞かれますが(今に始まった話ではないんですが)、パリにはシネコン(主にゴーモンとパテの系列)も増えましたけど、個性的な映画館もたくさんありますよね。アメリカ映画の旧作を専門的にかけているアクシオン系の映画館とか、トロワ・リュクサンブールとかパンテオンといった単館上映に近い興行をする映画館とか。最近、トロワ・リュクサンブールでヌリット・アヴィヴの『Traduire』という、ヘブライ語から別の言語への翻訳者たちにインタヴューした興味深い作品を見ましたが、たとえばこの作品はここでしかやっていませんでした。

久保:堀先生がお住まいのモンパルナス界隈は、映画館が集中している地区でもありますね。

堀:近所なので割とよく行くレンヌ通りのアルルカンとか、モンパルナス大通りのセット・パルナシアンとかは、内装も客層もいささかブルジョワ的にすぎますが(その極めつけが、7区の唯一の映画館でもあるジャポニスム建築のラ・パゴドでしょう)、ハリウッドの超大作でもなく、純然たる単館作品でもない、中間的な規模で興行している作品がよくかかっています。かつては映画作家だったマラン・カルミッツが率いていたMK2というチェーンも、座席数の少なめのシネコンという感じで、作家系・独立系の作品を多く上映しています。非常に大雑把に言えば、日本のミニシアターで単館上映に近いかたちでかけられるような作品が、パリでは5館くらいでかかっている感じがして、それだけ観客の層も厚いという気がします。

窪:映画館での鑑賞料金についても、学生という立場からは気になるところです。

久保:パリの映画料金は、大人が大体8〜10ユーロ、学生の映画料金が5〜7ユーロ程度です。私は作っていないのですが、月額20ユーロでパリの映画館の約 80館中の約50館で無制限に映画を見れるパスがあります。入会も非常に簡単で、多くの人がこれを活用してたくさんの映画を映画館で見ているように思います。シネマテークやForum des imagesなどにも年間パス制度があり、パスさえ作ってしまえばいくらでも見放題なので、やはり映画館で見る環境が整っているなと感じます。一方、日本ではどこにでもあるレンタルビデオ・DVD屋さんをパリではほとんど見かけません。二、三度たまたま見かけましたが、どこも規模が小さく、人もあまりいないように思いました。むしろこちらはDVDの値段もそんなに高くないので、レンタルよりも買ってしまう人の方が多いように感じます。

堀:シネフィルの間で有名なVIDÉOSPHÈREというレンタル屋がリュクサンブール公園のそばにあるのをご存じですか。京都にあるヴィデオ専門のレンタル屋のふや町映画タウンにちょっと通じるところがある。ただ、VIDÉOSPHÈREのレンタル代は結構高くて、下手をすると映画館の料金の方が安いくらいなので、映画館にかかりそうにないものが、どうしても緊急に必要な場合にお世話になるという感じですね。また、インターネット経由のVOD(ヴィデオ・オン・デマンド)も、日本よりはずっと普及していると思います。

久保:VIDÉOSPHÈREのサイトを見てみましたが、結構高いですね。パリの中心地にあるので、TSUTAYAの堂島店のようなものと考えればいいのですが、こちらでは学生だと普通に映画館で一本見ることのできる値段ですね。当面はシネマテークにある図書館や、Forum des imagesのコレクションルームで間に合いそうです。VODは日本もケーブルテレビやひかりTVなどあることはあるのはずなのですが、普及していないですよね。Apple TVが出たことで状況が変わるのかもしれませんが、レンタル屋がたくさんある日本ではなかなか難しいのですかね?

窪:深夜まで開いているレンタルショップが至るところにありますからね。同じインターネット経由といっても、VODよりはウェブ上で予約すれば自宅のポストに届くネットレンタルが多用されています。きちんとパッケージなり商品を手に取る安心感があるのかもしれません。ところで、パリでは新作映画だけでなく、旧作もスクリーンで見る機会が多いそうですね。

久保:先ほど名前のあがったアクシオン系列の映画館などでもアメリカ映画の旧作が見られますが、パリ第3大学にはCinémathèque universitaireがあり、専用の教室で10月から5月まで、1日2本のペースで映画史の古典的な名作がかけられています。年間パスが30ユーロと非常に安いです。しかし、部屋自体は100席程度あるにも関わらず、残念ながら見に来る学生の数はあまり多くないです。10人いれば多い方で、普段は4、5人しかいないという状況です。

堀:以前はさすがにもう少し見に来る人が多かったと思いますね。若者が映画を見なくなって、映画がいよいよ伝統芸能化しているということなのかもしれません。 Cinémathèque universitaireはなかなか貴重なプリントを持っているし、他でなかなか見る機会のない映画が上映されることも多いので貴重な場だと思うのですが、物心ついた頃からDVDを見て育った世代にはアピールしないのかもしれません。

久保:シネマテーク・フランセーズにはほぼ日参しているのですが、僕が見る限り、とりあえずなんでも貪欲に見るといった若いシネフィルはわずかしかいないように感じます。特にあまり知られていない古い監督の映画が上映されるときには、観客の年齢層の高さを感じます。また、日本人はよく見かけますが(とはいっても10人もいませんが)、アジア系やアフリカ系の風貌がほとんどいない気がします。アジア系はSalle Langloisという一番大きなホールでも自分一人だけしかいないということもよくあります。エドワード・ヤン特集の際はアジア系の人を、若松孝二特集の際は日本人を、それぞれよく見かけましたが、それ以外では本当にヨーロッパ系の人々、しかも年配の方々が見に来る場所だなという気がします。Forum des imagesも同じ傾向にあると思います(もちろん人口比もありますが、普通のシネコンだとアフリカ系、アジア系の人もそれなりに見かけます)。

堀:「シネフィル」という鑑賞のモードそのものが、主として20世紀後半のある時期にのみ出現した歴史的な現象だったのかもしれないですね。

久保:パリ3の映画上映でも本当に人が少ないですし、みんなどこで映画見てるんだろうかと正直不思議に思いますね。シネマテークの図書館に行くと若い人がほとんどなのですが、上映室になるとなぜあんなに年齢層が上がるのか謎です。といっても、ヒッチコックやデヴィット・リンチの特集には若い人もどっと押し寄せているので、監督や作品によるのかも知れませんね。

窪:学生どうしが集まると、最近何を見たかで盛り上がります。ただ、日本は映画の料金がやっぱり高いので、そうそう映画館ばかりで見るわけにもいきません。スクリーンで大量の映画を手軽に見られる環境が整っているというのは羨ましい限りです。

堀:シネマテークには、映画上映施設だけでなく、映画図書館(Bibliothèque du Film)という図書館もありますね。ここは、映画に関する相当数の書籍や雑誌を所蔵しているのはもちろんですが、ヴィデオテークでDVDを自由に見ることもできるし、研究者がアーカイヴ資料を直接調べることも簡単にできます。また、多くの紙資料がデジタル化されてもいて、たとえばある作品について公開時のプレスの反響なんかを調べたければ、このカタログでタイトルを入れて、「revue de presse numérisée」というのが出てくれば、それである程度網羅的に見渡せますので重宝しています(もちろん、館内でしか閲覧はできませんが、コピー代を払って印刷してもらうことは可能です)。

久保:Forum des imagesの隣にあるフランソワ・トリュフォー図書館ーー元々レンヌ通りのアンドレ・マルロー図書館に所蔵されていたものが2008年に移転してできたそうですがーーも、ほぼ映画専門の市立図書館で、膨大な量の書籍だけでなく、DVDや映画のサントラCDなども置いています。Forum des imagesやシネマテークで行なっている特集の本や新刊図書をわかりやすく展開してくれていたり、独自の本紹介などもあって面白いです。またDVDの館内視聴はもちろんのこと、シネマテークの図書館とは違って本を借りることができますし、年間費60ユーロ程度かかりますがDVDとCDも貸りることもできます。館内には一つ上映室があり映画を毎週何度か上映しています。今年9月には追悼でクロード・シャブロル特集をやっていたりもしました。
ちなみに僕が住んでいる近くには、今年シネマテークでレトロスペクティブが開催されたジャン=ピエール・メルヴィルの名前がついた市立図書館・メディアライブラリーがあったりして、映画文化の浸透ぶりが感じ取れます。(続きは、「6.映画三昧の日々」へどうぞ。)


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by eizoubunka | 2011-02-09 06:05
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